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2011.02.23 (Wed)

ある物事に対して自分より好きだと思われる人がいると自分の気持ちが萎む現象について

自分への戒めと気持ちの整理を兼ねて。
タイトル以上にこの現象(?)について適当なネーミングがなかった。
天邪鬼とも少し違う気がする。

事の発端は、シャワーを浴びる前あたりからHigh School Loveという曲が脳内再生し続けていたこと。
ポップン14フィーバー初出、のちにIIDXにも移植されるDJ YOSHITAKAの曲であり、
お気に入りの曲の一つである。

それをきっかけに、
かつて自分がそこそこ音ゲーをヘビーなゲーマーほどではないにしても
ほぼ毎日ゲーセン通いをしていたほどには好きだったのに、
それをしなくてなってしまった理由を考えていた。

単純な理由として、
・これ以上の上達も見込めず飽きがきた(マンネリ化)
・IIDXのカードの期限がきれた(だいぶ前)
・お金がない(現状、同人誌を優先しているためその結果)
があげられるが、大学生になってからを振り返って最も影響があった理由は、

・サークルでであった友人が、自分よりヘビーな音ゲーマーだった
(当然、プレイ回数も実力も、IIDX・ポップンともに自分より上)

これだという結論に至った。
実力差がどうこうというより、音ゲーに対して楽しむペースが完全に違うと感じたのだ。
それでは、最初からまったり勢だったのでは…?という疑問もうまれるが、そうではない。

私は確かにその友達と出会いゲーセンで遊ぶまでは、
自分の通学に使う路線にあるゲーセンを巡る程度には
音ゲーに対する情熱は残っていたのだ。(大学1年時)

また、自分にとってこの現象は音ゲーに限った話ではないと気づいてしまった。

自分が楽しんでいるある物事があった時に、
自分よりもそれに傾倒している―楽しんでいる人が身近にいて、
そのような人を見続けたり接し続けることで、
自分自身にあった楽しむ気持ちが萎んでしまうということに。


以下は、上記の結論に至るまでの過程である。
なお、これは自分の気持ちの整理であり、特定の人物を批判するものではないということをご了承いただきたい。

【More・・・】


ここから自分語り突入になるが、私が音ゲー(ポップン)を本格的に始めたのは高校1年の頃からである。
高校入学後すぐに仲良くなった友達の影響による。ハマるのはあっという間だった。

高校2年になり上記の友達とクラスが離れても、音ゲーマーがクラスに何人もおり、
当然彼女らとも仲良くなるのは時間の問題だった。
そうして、学校帰りにゲーセンに寄るのが当たり前になっていた。
妹も巻き込んではまっていたので、家ではCS用のアケコンまで購入してやるほどだった。

そしてこの記事にもあるように、アーティストが出るようなイベントで
当時行けるものはほぼ網羅していたといってもいい。

(余談だが右寺先生および先生の楽曲にドハマりし、サイト開設をしていた時期もあるほどハマっていた。
国立大後期受験前日に横浜BLITZ行った気がする。
ちなみに浪人したのはライヴのせいではなく、単純に勉強不足だったのだが。
小論の点数は圏内だったはずが、センターの点数不足で。
後に、後期はセンター点良かったけど前期失敗した人の救済措置的な試験らしいと知る。
さらに、浪人した年も、センター悪くて国立受けずに諦めてその試験日にはポップン文化祭か何かに行っていた記憶がある。チケットが当たったからだったはすだが、記憶が曖昧になっている。


全盛期はこの程度にはハマっていたのである。
回数的にはひとシリーズ120回ほどだったと思う。
浪人中はこの回数はさすがになかったが、
(高校のように友達と帰り道一緒にゲーセンに寄ることがなくなったこともあり)
予備校とゲーセンがさほど離れていなかったのもあり、ちょくちょくストレス解消に
ゲーセンに足を運んではポップンやIIDXをプレイし楽しんでいた。

しかしそれだけ楽しんでいた音ゲーも、上記の理由、ただそれだけでほとんどやらなくなってしまった。
資金的な部分も大きいが、
(当時ハルヒや眼鏡にはまり、公式に貢ぐのはもとより、同人誌にかなりのお金をかけていたからだ。
バイト代も大半は同人誌に消えた。今もこの時以上の冊数は買っていない。)
サークルで出会った友人の影響があまりにも大きかった。
これは友人が悪いとかでは全くない。私が捻くれているためだ。

友人が自分よりヘビーな音ゲーマーならば、それに追いつくくらい、一緒に楽しめば良いのだ。
そのような選択肢もあったはずだ。しかし、私はそうはなしなかった。
そうしようとすら思わなかった。自分より好きな人がいる。情熱を持っている人がいる。
もちろん、友人以外にもそのような人は全国にたくさんいるだろう。
けれど、その情熱に身近で触れてしまって、自分は途端に冷めていってしまった。

自分が音ゲーをどれだけ好いて楽しんでも、常に友人は自分の上を行く楽しみ方をする。
自分も音ゲーを好きである気持ちが、霞む。
まるで、自分は大して音ゲーが好きじゃないと言われているような気持ちになったのだと思う。

好きな気持ちに自信が持てなくなる、それに耐えられないから、
恐らく好きでいる気持ちを減らそうとしたのだろう。

そして、この現象は最近でも私に起こっていたことに気付いた。Twitterで。
ただし、ジャンルは音ゲーではない。「うみねこのなく頃に」だ。

自分より好きな気持ちを素直にたくさん表現している方がたくさんいる。
言動全てがうみねこを愛している方がたくさんいる。
オンリーイベントにいったりとか。祭りが起きたりとか。
他のジャンル(クラスタ)も多かれ少なかれそういったこともあるだろうが、
うみねこクラスタが自分にとっては最も圧倒的だった。

自分にとって心地よいペースで一緒に楽しめている方々もいる。
(これはあくまで自分にとって、なだけで相手がそう思っているとは限らないが。)
こうして考えると、自分にとって心地よい・ちょうどよいペースで楽しめる方々は、
とても貴重な存在だということに気付かされた。

うみねこは、今でこそ本編(EP8)の方で不満が出てきたこともあって、
未だ自分の中で決着がついていないところもあるが、
その前から上記のように自分よりうみねこを愛している方々に引け目を感じ、
自分の好きという気持ちがうまく保てなくなっていた部分があった。

以上、音ゲーとうみねこという二つの例えを用いたが、
これは今後自分に起こりうる現象だと思われる。
自分のこの性格が今後変わるとは思わないからだ。
だからいつだってこういうことは起こりうる。

しかし、自衛はできる。
自分にとって心地よいペースで一緒に楽しめる方々と無理せず楽しめばいいだけのことだ。
また、自分と最愛キャラがかぶっていないが同じジャンルが好きな方々と楽しむのも良いと思われる。
最愛キャラが被るとまた上記のようなことが起こりかねないからである。
(幸い、ジャンルは被っても最愛キャラが被ることは今までになかった。
仮に好きなキャラが被っても、引け目を感じるレベルの方は見かけたことがなかった。
Twitter上で見かけて知ってはいるが回避している方もいるにはいるが。)


こうして文章に書き起こしたのは自分への戒めと、気持ちの整理をしてすっきりしたかったからである。
最初に述べたとおり、特定の個人を非難するものではない。
上記にあげた方々はみな、それぞれの楽しみ方をしているだけであり、
それが私にとって合わず好きな気持ちが萎んだだけである。
私の感じ方が問題なのであり、勝手に影響を受けている私のせいなのだから、
楽しんでいる方々に全く非はない。

しかし、これを読んで不快になる方がいる可能性も否めない。
もしもそう感じた方には申し訳ないと思う。
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